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先代の思いと伝統の技術を守って鯛本来の美味しさを目指す

世界有数の漁場である玄海灘に面した佐賀県玄海町の外津(ほかわづ)湾にある渡邉水産。昭和48年に創業し、九州で初めて活魚(魚を生きたまま運搬すること)を始めたほど古い歴史を持つ会社です。イカダを杉の木で作るなど、昔ながらのやり方も残しながら養殖を行っているのも、鯛のことを大切に思っているからこそのこだわりだそう。

そんな渡邉水産を、16年前に急逝した夫の渡邉穂州さんから突然引き継ぐことになった美保子さん。水産業は女性には難しいといわれながらも、亡き夫の育てた養殖業をここで終わらせたくないという思いから一念発起。最初は、かぼすやみかんなどの地元の特産品を餌に混ぜて特徴を出すというアイデアもありましたが、試行錯誤の末、鯛本来の味で真っ向勝負したいと現在の形に。創業から45年の歳月をかけてついに完成した養殖真鯛は、夫の名前からとって「穂州鯛(ほしゅういだい)と名付けられました。

天然の鯛と同じような食感、味わいを目指して、自然の中で手間暇かけて育てる穂州鯛の養殖の様子を、サガテレビアナウンサー・橋爪和泉さんと取材してきました。

PROFILE

渡邉美保子さん/渡邉水産

渡邊水産代表取締役。二代目社長である渡邉穂州さんと20歳で結婚。4人の娘を育てる傍ら、養殖業や活魚と手広く事業を手掛ける穂州さんを手伝う。ところが16年前に穂州さんが交通事故により急逝。養殖業を諦めようと思うこともあったが、ご主人の思いを伝えるために娘4人とその家族で養殖業を再開。手探りで始めた養殖だったが、試行錯誤の末、真鯛一本に絞って、今では九州を代表するブランド鯛「穂州鯛」を育て上げる。

自然に近い状態で手間暇かけて育てる穂州鯛

渡邉水産の養殖場は、玄海灘に面した波穏やかな外津湾(ほかわづわん)にあります。海と山に囲まれた自然にあふれる環境は、魚が健康に育ちやすく養殖にも最適だとか。この日は天気もよく、潮風が最高に心地よい一日。岸から船に揺られること5分で養殖のイケスに到着しました。

丸太を組んだイケスを上手に移動しながらの餌やりがルーティン。元気に泳ぎ回る真鯛たちはまさに健康そのもの! 通常、ひとつのイケスには3000〜5000匹の鯛を入れて養殖するのが一般的ですが、こちらでは数を半分くらいにして、鯛にかかるストレスを少なくしているそう。また、餌やりは必ず鯛の様子を観察して量を調節するという完全手作業。餌自体も栄養素たっぷりの魚粉を配合した上質なものを使用するというこだわりぶり。

鯛の美味しさはひとえに餌と環境に左右されるので、常に細心の注意を払いつつ、一匹一匹愛情をこめて育てているところが他の養殖鯛と違うと美保子さんは語ります。

出荷に適した大きさに育った鯛を、岸から一番近い出荷用のイケスから取り出し、その場で神経締めにして鱗を取るのが、鯛の新鮮さを保つポイント。一匹にかかる時間はわずか1分ほど! 次々と手際よく作業する様子に取材チームは惚れ惚れ。

水揚げしてすぐに加工するのが美味しさの秘密!

下処理された鯛は、港の目の前の作業場に運び込まれ、すぐに加工をスタート。まずは3枚におろしてから、背中側の半身は皮付きのまま熱湯をかけて松皮造りにします。これは漁師町ではよくある食べ方で、皮と身の間にある旨味部分を存分に味わえます。残りの半分は皮を引いて食べやすく薄切りに。

きれいに薄切りされた鯛は、3Dフリーザーで瞬間冷凍されて各地へ出荷されます。以前はサクのままで販売していましたが、もっと食べやすくしてほしいとの要望が多く、今ではほとんどが薄切りに仕上げているそう。橋爪さんも「切り身の方が、夫婦共働きだと手間がかからなくて助かります!」と共感。鯛の刺身やしゃぶしゃぶ以外にも、最近では旨味だれに漬け込んだ鯛茶漬けも人気商品に。

モチモチの食感と上品な甘さに頬が緩みました

加工場の傍らで特別にさばきたての鯛を試食させてもらった橋爪さん。「まず、透き通った身が本当にきれいです。もちもちの食感となんともいえない甘みはさすが魚の王様、真鯛ですね! 松皮造りにされた皮もぷりっぷりで病みつきになります。お刺身はもちろん、しゃぶしゃぶにしても間違いないと思います」

家族の思いをこめた穂州鯛を後世に伝えていきたい

コロナ禍が始まってすぐの時期に、渡邊水産をテレビの取材で訪れたという橋爪さん。久しぶりに対面する美保子さんと話が弾みます。

橋爪さん:前回お邪魔した時には悪天候で、養殖場に行くことができませんでしたが、今回はお天気も良くて、船に乗せてもらって湾内にあるイケスを間近に見ることができました! 広々としたイケスにたくさんの真鯛がのびのびと泳いでいる姿が印象的でした。

美保子さん:うちはとにかく鯛にストレスを与えないよう、全て手作業で育てています。なるべく自然に近い状態で養殖していますが、台風やシケなども鯛には必要な環境なのかなとも思っています。あまりに過保護にするのもよくないですから。半年くらいで出荷する業者もいる中、うちでは2年から3年かけてじっくりと育てているんです。

橋爪さん:なんと幸せな鯛たちでしょう! 自然のままが一番というのは納得です。ところで、味を左右するといわれる餌に関してはどうされていらっしゃいますか?

美保子さん:少し前に地元の特産品を餌にしたフレーバーのある鯛が注目を集めましたよね。でも、うちは鯛の持つ本来の味が一番美味しいだから、そのままの味で勝負しようと決めてから、その理想に近づけるよう努力してきました。栄養素が高いハイグレードな餌を使っていますが、必要以上に脂分(成長を促進する作用がある)などは入っていません。

橋爪さん:先ほどもイケスで、鯛が餌に群がって水しぶきを上げていました!

美保子さん:お腹が空いていたんでしょうね(笑)。餌は、鯛の様子を見ながら慎重にやっています。実はあまり餌を与えすぎても良くないんですよ。そうして手間暇かけて育てた穂州鯛は、常に玄海町のふるさと納税返納品の上位3位以内に選んでいただいています

橋爪さん:これが届いたら嬉しいですよね。しかも渡邊水産さんでは、すぐに食べられるよう、お刺身にして詰めてくれているのが嬉しいです。しゃぶしゃぶセットは松皮造りにした切り身と皮なしの切り身、美味しい出汁が出る鯛カマが入っていますね。

美保子さん:はじめはご家庭で自由に楽しめるサクのままがいいのかなと思ったんですが、お客さまのお声は断然薄切りで(笑)。着いたらそのまま食べたいというリクエストがほとんどでした。とにかく新鮮さにこだわりたいので、水揚げしてすぐ加工、そして冷凍からパッケージまで一気にできるのがうちの強みです。

橋爪さん:この作業を全てご家族と縁者の皆さんで作業されていることにびっくりしました。あっという間に美味しそうなセットが出来上がって、パックされた様子が本当に美しいです。

美保子さん:最近は、調味液に浸けた鯛茶漬けのセットも人気なんですよ。加工品の種類を増やすこともこれからの課題ですね。

橋爪さん:鯛茶漬けのセット! 美味しそうです。今度ぜひお取り寄せしたいと思います。ところで、渡邊水産のブランド鯛「穂州鯛」は独特の名前ですが、どんな思いで名付けられたのでしょうか?

美保子さん:私の夫である先代の社長は生前、九州では「渡邊ブランド」とも呼ばれるほど評判のいい魚を養殖していました。一度、病気でイケスの鯛が全滅した後に活魚を事業の中心にしましたが、やはり漁獲量に左右されるので安定しません。やっぱり自分たちでブランドを作らなきゃいけないと痛感して、最初は5000匹から養殖を再開しました。

橋爪さん:はじめからうまくいきましたか?

美保子さん:実は、健康な鯛を育てたいと思って薬草を混ぜた餌をトライしたら全滅しました(笑)。それでも、夫の思いと伝統の技術を受け継いでより美味しい鯛をお届けしたいと頑張って、やっと完成したのが6年前。娘たちが将来希望を持って仕事ができるよう、夫の名前である穂州(ほしゅう)から取り、「穂州鯛」と名付けました。家族の絆が強い渡邉水産でしかできなかった鯛だと確信しているんです。

橋爪さん:本当に思いのこもった素晴らしい鯛なんですね。その美味しさをこれからも存分に味わいたいと思います。今日はお忙しい中ありがとうございました!

美保子さん:また今度、サガテレビの取材で来てね(笑)。

渡邉美保子社長を囲むファミリーの皆さん。左から、福薗裕将さんと妻の志麻さん(長女)、美保子さん、志織さん(次女)、甥の中山凌さん。

穂州鯛を卸しているお店でランチを食べに行きました!→次のページへ

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撮影/吉澤健太 取材・文/志摩有子

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