津軽半島
「今のままでいい」と自分を肯定できる商品を
回の誕生は2018年に、料理人の藤田潤也さん(現オーナー)と、リネンのストールなどを作る服飾の仕事をしている岡詩子さん(現・共同オーナー)が「素のままproduct」という事業を立ち上げたことがきっかけでした。事業のひとつである回には、当初の「自分たちの手で作ったものを並べるセレクトショップ」にしようという考えから、水餃子以外にも藤田オーナーこだわりの手作り調味料や、日本各地を回りセレクトした茶葉など、魅力的な商品が取り揃えられています。
「回」とその商品には、強くあたたかい願いが込められています
回は、水餃子をはじめとする商品だけでなく、商品パッケージや外観のデザイン、WEBサイトまで、可能な限り自分たちの手で作るということを大切にしています。青森朝日放送の服部未佳アナウンサーが、デザインに込めた想いや、お店のあり方について、藤田オーナーに伺いました。
服部さん:回の商品はどれもパッケージのデザインがおしゃれですね。
藤田オーナー:スタッフみんなで相談して方向性を決めて、鶴田町在住のデザイナー・太田絵里子さんに形にしていただきました。
服部さん:グルグルと渦を巻いたようなデザインになっていますが、どのようなコンセプトでこの形にしたのでしょうか?
藤田オーナー:回というお店の名前の由来まで遡ってしまうのですが、人って忙しいと普段は簡単にできていることができなくなってしまうことがあるじゃないですか。
服部さん:たしかに、仕事に追われていると食事がおろそかになったり、手が回らなかったりすること、ありますよね。
藤田オーナー:そういう時って、一呼吸置くことが大切だと思うんですよ。少し余白を入れてあげるだけで、焦っている時に上手くできなかったことが、スムースに回り始める。調理する時間も含めて、一息つける時間を提供したくて回という名前にしました。そのコンセプトをデザインに落とし込んでいただいたのが回のロゴなんです。
服部さん:食べている時間だけでなく、調理する時間も含めてというところが面白いですね。
藤田オーナー:水餃子の良いところって、焼き餃子と違って「レンジでチンするだけ!」とはいかないところにあると思うんです。茹で上げるまでに5分かかるというところが回のコンセプトにマッチしています。
藤田オーナー:実は、水餃子を1袋5個入りにしているのにも理由があります。大袋詰めの方が販売は楽になるのですが、実際に水餃子を茹でてもらうとき、個数を数えて鍋に入れたり、その余りを再冷凍したりといった、ちょっとした手間がかかってしまう。そのちょっとの手間を省いて余白を作る、回の水餃子は忙しい人や頑張る人の味方でありたいと思っています。
服部さん:とても素敵な想いが込められているんですね。では、お茶も同じく一手間かかるところが回のコンセプトとマッチしているというわけですね?
藤田オーナー:お湯を沸かせて、急須に入れて蒸らして、淹れて…という工程を丁寧にしていると15分はかかります。お茶を飲んで一息つくだけでなく、その準備もまた生活に余白を作るために大切な時間なんですよ。
水餃子を茹でるには5~10分 お茶を淹れるには15分
―「回の⽔餃⼦」と特に相性の良い⽇本茶があるそうです
「餃子に合う飲み物といえば、やっぱりビール!」と思う人も多いでしょう。でも、回の水餃子はお茶にもとても合うんです。中国の広東省や香港、マカオでは、中国茶を飲みながら点心を味わう飲茶(やむちゃ)の習慣が当たり前になっているのも、お茶と水餃子の相性の良さを表しています。藤田オーナーにおすすめのお茶を教えてもらいました。
【阿波晩茶(あわばんちゃ)】
阿波晩茶は乳酸発酵で作る酸味の効いた味が特徴
「阿波晩茶は自然界にいる乳酸菌で発酵させて作る珍しいお茶で、徳島県の山間部で生産されています。薄っすらと酸味があり、香りが中国茶のように独特。中華料理との相性がよく、水餃子と一緒に食べると飲茶を食べているような気分になりますよ」(藤田オーナー)
【特上ほうじ茶】
芯までローストされた香ばしいほうじ茶
「滋賀県甲賀市の朝宮というところで作られているお茶です。芯までローストされているのに、苦味やえぐみが少なくて、甘さをしっかりと感じることができるほうじ茶です。いろいろなほうじ茶を試してみたのですが、香りも味もこれに勝るお茶はなかなかないと思います。水餃子に合わせるとさっぱりといただけますよ」(藤田オーナー)
「〝素のまま〟の生活を大切にしたい」がすべてのはじまり
冒頭でもご紹介した通り、八戸市出身の藤田潤也さんと鶴田町出身の岡詩子さんが始めた「素のままproduct」をきっかけに、回は誕生しました。「素のままproduct」全体のコンセプトは、ポジティブに〝「そのままがいい」と自分を肯定できる商品作り〟にあるのだそう。
「“そのまま”の文字に素という字を当てているのは、その人が元々持っている個性や芯を大切にしたいという想いから。お茶や餃子など素材の良さを生かしたプロダクト(商品)を手に取ったお客様に『ありのままの自分を大切にしよう』と感じていただけたら嬉しいです」(岡さん)
「回」が誕生する前から、「素のままproduct」の事業として藤田さんは茶寮「澱と葉」を、岡さんはリネンブランド「ハンサムリネンKOMO」をそれぞれ運営しています。
「澱と葉」は、実店舗を持ちません。リネンブランドを営む岡さんのアトリエをベースに、藤田オーナーが完全予約制のコース料理を振る舞うというユニークなスタイルで運営されています(現在は新規の受付停止中)。コースに使われる食材は、いわゆる高級食材ではなく、津軽の自然が育んだ野菜や山菜が主役。これを、発酵や貯蔵、熟成などの技術を用いて一流の料理に仕立てていきます。
津軽の野菜や山菜に並び「澱と葉」の顔となるのがお茶。藤田オーナー自ら全国の生産地に赴き厳選したお茶を料理の前に提供するのがこの店のお決まりです。「澱と葉」という名前はそもそも、ワインの“澱”とお茶の“葉”が由来となっており、お茶はこの活動のコンセプトになっています。
岡さんの「ハンサムリネンKOMO」は、完全手縫いリネンブランド。じっくり選んだリネンのもつ風合いを、そのまま感じてもらうために縫い目の見えない丁寧な縫製でストールや小物、バックなどを作っています。布地のひと目ひと目に針を入れているため、1時間で進めるのは15センチほど。人の手だから伝わる温かみを大切に、もの作りをしています。
「澱と葉」「ハンサムリネンKOMO」そして「回」、ジャンルは違えど、ひとつひとつの商品に心を込めてという「素のままproduct」の想いは、どの事業にも共通していました。
通販でも店頭でも、「回」と「澱と葉」の商品は購入可能 「澱と葉」で提供しているシングルオリジンの茶葉
「回」「澱と葉」は青森県の内外を問わずに活動していることもあり、県外のファンも多いそう。「水餃子はお店に行かなくても買えますか?」「『澱と葉』のお茶はどこの店に行けば買えますか?」などの問い合わせが増えたことから、ECサイトを充実、回の店頭でも『澱と葉』のお茶の販売を始めています。
Instagram @sonomamaproduct
これまでもこれからも、鶴⽥町から想いを届けていく
シックで落ち着いた回の店頭 看板は藤田オーナーがチョークで手書き
回の店構えや商品は、市街地にあっても不思議ではないほど洗練されています。それでも拠点を鶴田町に置いた理由を岡共同オーナーが教えてくれました。
「私のたっての希望で鶴田町を選びました。生まれ育ったこの町が大好きなんですよ(笑)。
鶴田町は人口12,000人ほどで、若者よりもお年寄りの比率の方が多い日本の現状を映し出したような地域なんですけど、小さな町だからこそのチャンスがあると思うんです。当然、飲食店を出すなら都会の方がお客さんは集まりやすいし、多くの人にアピールしやすいというのはわかります。ただ、そのぶん埋もれてしまうこともあるだろうし、上手くいったとしても自分たちの手だけでは回らなくなってしまうんじゃないかと…。でも、この町ならプレイヤーが少ないぶん、目立とうとすれば目立てるし、ひっそりやろうと思えば、ひっそりできる。それに最近はECサイトでの販売が一般的になってきていることもあり、都会じゃなくてもやっていけるんじゃないかなということになりました。
売り上げに一喜一憂して心をすり減らす日々を送るよりも、静かに密度の濃いコミュニティのなかで自信のある商品を送り出していきたい。その方が回のコンセプトにも合っているし、自分たちにも合っているんじゃないかと思っているんです」(岡共同オーナー)
鶴田町に腰を据えて営業を始めてから1年。イベントへの出店や地元メディアに取り上げられることで、徐々に常連さんも増えてきたといいます。
「商店街の中心にあることから、近所に住んでいる方がスーパーに買い物がてらお茶を飲みに来てくれたり、散歩のついでに立ち寄ってくれたりして、徐々に街の風景に馴染んできたのかなと思います。休日には、町の外から水餃子を目当てに来てくださるお客様も。『楽しみにしていました』という話を聞くとやっぱり嬉しいですね」(藤田オーナー)
店頭には、水餃子や茶葉などの商品だけではなく、テイクアウトメニューも。ドリンクは「緑茶(特上煎茶)」「ほうじ茶」「和紅茶」の3種類、水餃子はスープ餃子が提供されています。スープ餃子は藤田店長自慢の「鶏白湯」「鶏だし火鍋」の2種類。どちらも餃子3つと野菜がたっぷり加えられ、食べると体がほっこり温まります。
「水餃子はプレーン、しそ、黒こしょう、ニンニクと4種類のフレーバーを販売しています。しそは、餃子1個につき1枚しそを入れていて爽やかな風味が特徴です。黒こしょうは、ピリッとスパイスが効いていて揚げ餃子にするとホットスナック感覚で楽しめます。ニンニクは、お客様から『力が湧くようなニンニク入り餃子を作ってほしい』という要望を受けて作りました。それぞれ個性が際立つ商品になっていますので、是非食べ比べてみてください」(藤田オーナー)
最後に、藤田オーナーは鶴田町でお店を経営する意義について
「僕たちは普段からこの地域の食材をいただいているからこそ『美味しいものをいただいているんだな』という気持ちを忘れてしまいがちです。でも県外の人たちに『美味しい!』と言ってもらうことで、素敵な場所に住んでいるんだなと改めて実感できるのが幸せなことなんです」と話します。
全国に向けて〝食〟を届けることは、回のスタッフにとって情報の発信であるとともに、鶴田町の魅力を再発見する活動にもなっているのかもしれません。
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※価格などの情報は取材時のものです
撮影/吉澤健太 取材・文/小石原悠介